2017年03月08日

Switch『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』まだまだ序盤

Switch『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』
今回のゼルダヤバいっすね。想像を遥かに越えるレベルでおもしろい。

ゲーム開始直後、フィールドに放り出され指定された場所に行ったら、タワーがニョキニョキ生えてきて、屋上にある装置を調べたら、周辺のマップが表示される。
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「うわーーーUBIタワーーーーー任天堂もついにUBIタワーーーー」
なんて笑っていたら、表示されたのは大まかな地名が入った地図のみで、何処に何があるかはタワーから見える風景を双眼鏡でよく見て自分で探してねって作りで更に笑った。

そんな未知の世界で頼りになるのはやっぱ地図な訳ですよ。
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この等高線が超重要。
リンクはどんな急斜面でも登る事が出来るが、スタミナゲージ(ゲーム内だとがんばりゲージ)があり無限には登れない。
山の頂上に登りたい場合、急斜面が続くであろうルートをどうやって避けるかをまず予測。
山の麓まで来たら、途中に休憩地点があるかどうかを探しながら周辺を歩いて巡り、遠回りしてでも安全に登るか、死ぬのを覚悟で急斜面にアタックするのかを決める。

リアル寄りのオープンワールドゲームは高低差の少ない(例え坂道は多くても急斜面が少ない)マップになりがちで、高低差の多いマップのゲームは主人公のキャラクタが超人的な能力を持っていたり、特殊な道具(乗り物)を使って急斜面を無視出来るゲームが多かった。
それらとは違い、かなり高低差のある作りにしながらも山は全て登れる作りである本作は、試行錯誤を繰り返しながら実際の風景とマップを交互に見つつ目的地を目指しながら進めて行く面白さがある。
この感覚は近年のオープンワールドでは味わった事が無かった。

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そもそもオープンワールドでゼルダらしさをどう出すのかと思っていたが、マップ全てをゼルダらしい仕掛けで満載にするという力技で来たのには心底驚いた。
手持ちのアイテムを組み合わせたり、高い所から落ちて見たり、手触りがまんまゼルダ。
本作から新登場した使い続けると壊れてしまう武器と盾、豊富に用意された防具の数々、果物や仕留めた野生動物を使って料理をするなどサバイバル的な要素が背骨のように一本通っており、常に何かあった時の為に準備をしつつ世界を回るという作りは、広い世界を歩いて移動する事に意味を持たせた。
旧作のようにダンジョン毎にぶつ切れ感があったり、必要な消耗品は草を刈ったりツボを割ったりすれば手に入るだろうという考え方や、リンクが段階的に強化されるデザインとは違い、一歩一歩前へと着実に強くなりながら進む冒険の手触りがある。

圧倒的に作り込まれたオープンワールドである本作は、この世界の物質に触れる動作にも複数のアプローチを持たせた作りになっている。
木になっているリンゴを取るという動作を一つ取っても、ただ立って届く距離であればそのまま取れる。
届かない位置にあるリンゴは木に登って取る、矢でリンゴを撃ち抜いて落とす、うちわのような大きな葉っぱで風を起こし落とす、鈍器で木を叩いて振り落とす、斧などの武器で木を切り倒して地面に落とす、爆弾で木ごと倒す、木に火を近づけて炙って焼きリンゴにして落とすなど選択肢が豊富に用意されている(たぶんこの他にもあるはず)。

ちょいと敵の牙城であるハイラル城でも冷やかしに行こうかと思ったら超強いメカが居てビーム一発で即死とか、雨が降ったら当たり前のように岩肌が滑って登れなくなるとか、草原で火を扱う敵と戦う時は延焼に注意とか、木の盾で炎を防ごうとすると燃えてなくなるとか、雷雨の時に鉄製の長い武器を背中に挿していると雷が直撃するとか。

一般的に強く残る記憶というのは、対象への興味、物事に付随する情動、新しいことや場所(また人)、そして失敗することでより脳に記憶されると言われているが、戦闘から移動まで様々な選択肢またはリアクションを用意し、一つ一つを学習してもらい、またその経験を組み合わせて遊べるように徹底的にデザインされている。

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ただ、個々の要素がイノベーティブな作りであるのではなく、どちらかと言えば何処かで見たようなシステムではある。
思いつくだけでも『Far Cry』や『Skyrim』、『ワンダと巨像』がベースであるし、アイテムを組み合わせて作る料理の要素はよくあるもの。
それでも、『ウィッチャー3』は膨大な量のクエストとその作り込みによってその世界のキャラクタ全てに命を宿らせたように、『GTA 5』は圧倒的な物量によって街を再現して見せたのと同じように、異常な程の作り込みによってオープンワールドというジャンルの一つの到達点へと達している。

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その他にも、何でもない場面ですらプレイヤーが見ている景色をゲーム側が把握しているのではと思う程に絶妙なタイミングで挿入されるBGMも素晴らしい。
叙情的その音楽は、自然溢れる雄大な景色の美しさだけでなく、かつて高度な文明が存在しつつも厄災によって多くが失われ、大地には無数の悲しみが染み込んでいるという、この世界の持つ両面が余す所なく表現されている。


ただ一つ気になったのは、本作の自由過ぎる作りに加えて、料理等色々な遊びが出来る事は裏を返せばゲーム側から色々な遊びを要求されている事でもあり、しかもまだまだ序盤でありながらも本作はとてつもないボリュームである事が予想出来るほどに要素が多すぎる。
しかもリソース管理が重要である本作は、元も子もない言い方をしてしまえば、面倒くさい要素がかなり入っている作りで、おそらく本作をクリアまで遊ぶプレイヤーというのは、過去シリーズに比べても相当に少なくなるのではと思うほどに、昨今のゲームのようにプレイヤーの手を取って引っ張っていく作りでも無い。
しかし、世界の全てが遊び場だった子供の頃に夢見た里山のようである本作は、秘密基地を作ってそこへどんぐりやセミの抜け殻や牛乳瓶のフタを集めたものの、秘密基地メンバーは大きな事件を解決するでも無く自然消滅し、集めたアイテムは通貨価値を失い今となってはただのゴミとなってしまっても、そんな物に価値を見出し輝いて見えていた時間は確かにあったし、体験の記憶にはノスタルジーが宿ったのだから何かを成さずともそれでいい、というような思い切りすら感じる。

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まぁ何にせよ凄いゲームですよ。
ゲームを起動し、マップを見ながら今日は近くにある湖に行ってみようか、それともこの山を越えて広がる平原へ行ってみようか、それとも未知の大地へと足を延ばして見ようかと考え、この世界に没頭し、ゲームを終えたらベッドの中で今日見た景色、起きたイベントを思い浮かべながら眠りにつく。至福の日々です。
2017年に発売された最も優れたゲームというレベルでは無く、私の中のオールタイムベストの一つに入るのは間違いない。

…というような感じで、ネットでよく見られる任天堂スゲー的な話に着地しましたが、いかに従来のオープンワールドゲームと違うかという部分を見ていくと気持ち悪い文章になりがち。
どうしても"違い"を探るという行為並びに言葉が行き着く所は自己愛なので、しょうがないんだけれども、そんな事を自覚しながらも絶賛するしかないゲームなんだよね。
こんなゲームを出してくるとは、やられたなぁ。
posted by murutori at 22:26| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする