2016年08月16日

ゼリーの話

私はゼリーという物を自分で食べる為に買った記憶が無い。

お菓子全般が好きだし、甘いものも好き。
果物は一年中何かしら常備しておくぐらい好きだし、缶詰のような加工・保存してある果物も悪く無い。
プリンはベーシックなものから、焼き、カスタードなど全て好きだし、ババロアも好き。水ようかんはそれほどでも無いが、一年に一度ぐらいは季節を感じるアイテムとして良い。
しかし、ゼリーという物を無性に食べたくなった事も無いし、買った事も無い。


先月の始め辺り、会社の先輩に旅行のおみやげとしてみかんゼリーを頂いた。
3個あったそのゼリーは気が向いたらいつでも食べられるようにと、とりあえず自宅の冷蔵庫の一番上段に入れた。

それから数週間、食べようという気にならないので放置していたが、冷蔵庫を開ける度にゼリーが視界に入った。
冷蔵庫内の照明を受けてオレンジ色に光るその容器は、日が立つ毎に鈍い光をまといだし、食べ物として生まれながらもその運命を全う出来ないという怨嗟のこもった視線すら感じるようになり、その恐怖から逃れる為、ある日の朝食に一つ食べた。

その日の夜。
わざわざ友人が尋ねて来て、最近親族の法事があってゼリーをたくさん頂いたからと箱いっぱいに入ったゼリーを貰った。
箱からいくつかみかんゼリーでは無い物を取り出し、また冷蔵庫の上段に入れる。残りのゼリーはなるべく視界に入らないように蓋をし、キッチンにある棚にしまった。
ゼリーを食べたらゼリーが増えた。


それからまた数週間、ゼリーを食べずに過ごす。
その間に私は、冷蔵庫の上段をなるべく見ずに中の物を取り出すスキルを身につけるまでになっていた。


数日が過ぎて、今月の頭。
連日の猛暑と仕事で少しバテていた私は、休日も食事をほとんど取らず半分寝たような状態で一日を過ごしていた。
夕方になってやっと小腹が空いてきたので、何気なく冷蔵庫の上段にあったゼリーを一つ手に取る。
食べ終わってしばらく後、チャイムが鳴ったので出てみると私の保険の担当者が来訪。ご挨拶にとお中元を頂いた。
手のひらに乗るサイズと重みに嫌な予感を抱きながら開封してみると、ゼリーの詰め合わせだった。
ゼリーを食べるとゼリーが増える。


その一週間後の休日。
ここに来て私は、ゼリーを食べた日にゼリーが増えるという法則を打ち破るべく、攻めの姿勢でゼリーへ挑むこととなる。
この日、私は朝食に1つゼリーを食べたのである。
何故ならば、その日は母を連れて祖父の墓参りに行く日で、ついでに祖父の実家にも寄る予定があった。
毎年、祖父の実家との間ではお中元など夏場の贈り物はせず、墓参りに合わせてお互い直に贈り合うというのがある種のイベントになっていた。
以前にも何度かお返しとしてゼリーを頂いた事があったのを思い出し、ゼリーが登場する可能性が高い日にあえてゼリーを食べ、ゼリー以外が出るという可能性にかけたのだ。

行きで渋滞に巻き込まれながらも無事に到着。墓参りを済ませ、祖父の実家に寄りお酒やお菓子などを渡した後、お返しとしていくつかのお土産を貰った。
それらをまとめて手渡された瞬間「軽い…」と感じた。この軽さでゼリーはありえない。
勝利の余韻に浸りつつも、たった2回重なっただけで法則などあるかと少しの安堵しながらの帰り道、もらったお土産がかなり多かったので分ける為に急遽母の妹の家に寄ることになる。
その道中、私は母にゼリーの件、並びに今日もゼリーを食べてきた事を話した。それは他愛のない笑い話であった。

叔母の家に到着後、お土産を開封すると主に乾物やあられの詰め合わせなどが入っており、それらを手渡しすぐ帰るつもりだった。
しかし、そこで叔母に呼び止められる。
一度家に入ってから数十秒後、手に大きな箱を持って叔母は現れた。
「これお父さんの仏壇にあげといて」という言葉と共に渡された箱は、見た目以上に重い。
おそらく私の顔は強張っていたのであろう、箱を手に立ち尽くす私を見た母は事態を察し、妹に対し「中身は何?」と尋ねた。
「あぁそれ?ゼリー。お父さん好きだったでしょ。まぁお母さんとお姉ちゃんは昔からゼリー食べないからアンタ全部持っていきなよ」
箱を持った私は無言のまま母と見合わせた。母をこんなにも面と向かって見ることがなかったからだろうか、記憶の中の母よりも少し老けていたような気がした。
ゼリーを食べるとゼリーが増える。


そして今、このブログを書いている午前0時、私はゼリーを食べている。
きっと今日もゼリーが増える。
posted by murutori at 01:08| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする